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独白

「生理的に無理な物」を見て「生理的に無理」と思うのは以前に【「生理的に無理」のイデア】を見たことがあるからだよ

塾講師についての暫定的感想

私は塾講師という形態のアルバイトに従業している。


私の勤める塾は、控えめに言って名の知れていない--つまりは安くて質の悪い--ところである。

客層は主に高校受験を控えた中学3年生。親はそろそろと焦りだす夏休み少し前くらいに手頃なウチに適当に子供を放り込むようだ。

生徒は学校の定期テストもままならない者が多く、目標が「赤点を取らないこと」に置かれている場合も多い。通分・約分が出来なかったり分配法則がわからなかったり、と言えば大体の所は伝わるかと思う。(というかココを間違わない生徒の方が少ないので辟易している)


私自身は高校受験を経験してはいないが、あまりにも将来に対して楽観視しすぎではないか、と思わざるを得ない。宿題をやって来ないならまだしも平気で無断欠席をするし、昨日教えた内容を今日は覚えてもいないし、教わったという事実すら覚えてもいない。メタ記憶って人間の特技ですよね?


幸いにも、学生としての私の身の回りには私と同等の文化レベルで育った人間ばかりで、私はその世界をいたって普通の物だと思っていた。

いや、よく考えたら「羽生善治羽生結弦(mod羽生)」とか言って遊んでる人類が至って普通だとしたらそれそれでちょっと……と思わないでもないが。


閑話休題、要するに私は人間を過大評価していた。出来ない人間は"やっていない"だけだし、根本の能力として人間はそれほど人間に劣る物ではない、と思っていた。偏差値60の人間がいれば偏差値40の人間が同数いることは知っていたが、たかが20の差なんてカナブンとコガネムシの差くらいなものだと思っていた。自身の非才を棚に上げて。


私が体育の評定で2を取るように(実話です)、人類は約分が出来ず、私が美術の評定で2を取るように(実話です)、人類は周期表が解らず、私が音楽の評定で2を取るように(実話です)、人類は問題文の意図を掴めないのだ、と。


そう考えると、割とすんなりと納得できた。


そもそも、学校の定期テストがよくないのではないか。定期テストは非常に狭い範囲だけから出題され、テスト直前に幾つかのパターンを叩き込めば最悪は回避できる。我々は目先の問題解決のために止むを得ずその方法をとり、そうして、彼らは付け焼き刃の知識を一瞬で失う。実際はまったく伸びていないのに、点数が取れてしまい、実力を錯覚させてしまう。塾の効果を、錯覚させてしまう。


そんな、塾講師というアルバイトは(有名な予備校を除く)、実質時給は安いが肉体労働はなく、サービス業なのに何故か顧客より高い立場にいる不可思議業界である。クレームは雇用者が取ってくれるので被用者である我々はスーパー楽。一応生徒の成績に責任ある立場ではあるが、そもそも、私は人間の努力を信用していないので、僕の努力も、生徒の努力も実るだなんてまったく思ってはいないからプレッシャーも感じない。


何度も何度も同じ間違いを訂正したり、四則演算の順序を教えなければならなかったりする時は流石に苛立ちもするが、概ねストレスレスな職だと感じる。


つまるところ、塾講師というアルバイトは、楽である。塾講師最高。人に物を教えられる人間に産んでくれた両親に圧倒的感謝😤😤



とかいって。